第七章 注意六条
 
まず作句に当たって、忘るべからざることを六つお話してみようと思います。

(ヘ)叮嚀に詠むこと

 一句を完成するのには、どれほど時間がかかるかという質問がよくありますが、それは短くても一時間は十分にかかると思って良いでしょう。まず一句の詩因がきまる。その詩因がよいものであればあるほど、それを完全に表すことはむずかしくなります。詠みかえても詠みかえても思うように現せない。仕方がないからこの辺でやめにしようか、などという弱気が起こりやすいものですが、そんなことで断念しては、折角の詩因に申しわけがありません。是非とも完全に表現出来るまでは頑張るべきで、長いときは一月も二月もかかることがあるのです。
まあ平均して、二、三時間というところでしょう。

 それは、良い条件のときには、即座に出来ることもあります。こちらが、なにかで詠んでみたいと緊張しきっているときに、絶好の詩因に出あいますと、気合がぴったり合って、一息によい句ができます。出来るというより、授かるといった方がよいかもしれません。全く推敲せずに佳句を授かるのです。しかし、こんなことは百度のうちに一度ぐらいの割にしかないものです。

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 ところで、現在では、作者たちの詠み方が、一般に早すぎるようですね。
三十分に一句などというのはまだよい方で、十分に一句、もっとひどい人になると、五分に一句ぐらいは詠みます。そういう句は選者が一目見ただけでわかるものです。たいてい何分ぐらいで詠んだものか、それがわからなくては選者とは言えません。そうして、その早詠みの句はほとんど九割九分までいけないものです。

 作家たらんと志す人は、はじから入念に詠む癖をつけるべきです。凡作を百句詠んだところで、得るところは何もないわけですから、一つ一つ佳作をと念じつつ詠むべきです。
その態度で臨んでも、本当は二、三十句に一句ぐらいの割にしか佳句は得られないでしょう。むずかしところに一層俳句の魅力はあるのだというべきです。


【水原秋櫻子 ー俳句のつくり方ー】初歩から完成まで
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注意六箇条…ついに…終わりました
四年がかりで…!


このブログを始めてから、もう五年になるんだ…よく続いたものだと、思っています。
読んでくださる皆様がいらっしゃるお陰ですね。

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