NOAの小部屋

カテゴリ: 寺山修司

前略 暑中お見舞い。

 はじめてお目に? かヽります。いつも人間的な作品を発表しておられるのを嬉しく拝見しております。支那ソバでもはさんで談笑したいような、なつかしさを感じております。お互いをベアトリーチェにして、ときにはライバルにして、そして現代俳句を文学の先鋒にすヽめる意味の同志ですから。あなたの京武へのletterによる勉強屋(つまり点とり虫)に僕はどうやらハサミコマレテしまって、文学との間に非常にに困っているような訳で、ぼんやりしていると、ヘッセの「車輪の下」のようになってしまいそうです。
 僕の俳句……甘いでしょう?いつか京武へのletterで指摘してくれませんか。僕は現代俳句の中にいわゆるろおまん主義(ロマンチシズム)を盛り込むことを考えて、(例えば「万緑」の千勝冬季のように)それでいながら、やはりどこか暗さに、魅せられるのです。早くいえば「糸きれ風船」といった風に。
一つ。僕はアメリカ文学というよりドイツかフランスを愛しているんですよ。
  けふは青森の港まつり。青空をどんどんと太鼓がいじめつけています。
僕はEnglishにいじめられ、どうやら少年のかくれ煙草のように頭がいたくなりました。
「牧歌」という号はキライです。

夏井戸や故郷(くに)の少女は海知らず
岩つばめかすめし岩をわが裸足

adieu

(青森28・8・17消印) 

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高校二年の早春、青森高校の山彦俳句会から届いた一通の書簡から始まった少年たちの文通。「青い森」という学生俳句雑誌に勧誘する手紙だった。手紙を受け取った松井牧歌は、既に関西俳壇の榎本冬一郎に師事し、「群峰」会員になっていたが、寺山修司を想起して二つ返事で引き受けたとのこと。
もっとも頻繁に文通をした相手は、京武久美(きょうぶひさよし)であり、届いた手紙は皆で情報交換していたようである。お互いに俳句の批評や、俳句以外の話などを通して、一層俳句への熱は増していったのだ…
文体に、修司の人となりが垣間見える暑中見舞いである。
ちなみに、金魚の絵も彼が描いたもの。
(by NOA)


寺山修司が中心となり、10代の頃、俳句革命を掲げて創刊した雑誌「牧羊神2号」より、誌上インタビューを引用しました。
中島斌雄(「麦」主宰) が寺山修司のへインタビューしたものですが、この企画自体は修司の提案だったようです。
早稲田大学に合格した頃なので、これは18歳ごろ…?でしょうか。

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                                                         Photo by NOA

Q.…俳句を始めた動機及び処女作は?
A.…中学三年生(15歳)頃、級友に誘われて作句。
       虫鳴くや風呂のあかりをつけにゆく
(もっともその前、小学生の頃の作句あれど失念)

Q.…俳句をはじめてからの自信作は何という句ですか。
A.…最近の作の中では、
       雲秋意琴を売らんと横抱きに

Q.…今まで読んだ作品中、最も佳いと思った句と句集は何でしたか。
A.…この秋は何で年よる雲に鳥 芭蕉
  草田男さんの句集、特に「来し方行方」

Q.…有望視している俳人は誰ですか。
A.…飯田龍太(雲母)・大坪重治(麦)・津田清子(天狼)・佐藤鬼房(風)・宮津昭彦(浜)。

Q.…これからの仕事の期待できる既成俳人は誰と思っていますか。
A.…中村草田男・加藤楸邨・西東三鬼・榎本冬一郎・加藤知世子・古沢太穂等。

Q.…「麦」の方向と探究するものは何ですか。
A.…ヒューマニズムに立脚する、自己と社会との接点の把握。

Q.…好きな食物は何ですか。また靴は何文ですか。
A.…肉類。ことにスキヤキ。十一文。(約26.4cm)

Q.…西東三鬼氏と山本健吉氏の論争については、軍配をどっちに上げますか。
A.…論争としては勝負なし。ただし、その基底について言えば、健吉側に立つ。

Q.…真の意味での俳句は、もう何年つづくと思いますか。
A.…あと百年。(情勢は数百年)

Q.…起きると、まず何をしますか。
A.…排便。

Q.…十代の俳人に望むことは?
A.…俳句だけにとらわれるな。俳句をやってもいいが、これを忘れて、できるだけ広い光をとり入れよ。

Q.…「牧羊神」をどう思いますか。
A.…十代の人々が、結び合ってこういう雑誌を出し、僕などに、こういう恐るべきインタビューを試みる、その強い行動性を嘆賞する。作品は生マのものが多い。もっと十七音を畏れ、その簡潔性に徹すること。とにかく、休まずに雑詠が出て、皆が勉強することだ。

(牧羊神)第二号に発表された寺山修司の作品は次の通り。

二月の果物  寺山修司

たんぽぽは地の糧詩人は不遇でよし
紙屑捨てに来ては舟見る西行忌 (ママ)
洋傘たかく青空に振れ西行忌
五月の雲のみ仰げり吹けば飛ぶ男
人力車他郷の若草つけて帰る

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牧羊神は、修司のいた青森高校の「青い森」会員のほか、受験雑誌「学燈」「螢雪時代」の常連投稿者などが集まり、奈良県添上高校からは丸谷・石野・宮村宏子・川北憲央(いずれも「七曜(主宰・橋本多佳子)」会員)らが参加しました。
(※奈良県添上高校には、実に50人近くの七曜会員がいたそうです…)
牧羊神は創刊早々、俳壇に一石を投じ、「サンデー毎日」の<十代の文学>というトップ記事にも取り上げられたのですが、十代の俳句誌のため、1955年9月に10号で廃刊になりました。

ちなみに修司年譜には、「伝統の検証を旗印に、全国の高校生に呼びかけて、10代の俳句雑誌『牧羊神』を創刊」と記されているそうです。
また、エッセイでは、「同じ年頃の少年ばかりで、『牧羊神』という俳句雑誌を出し、10号まで続けたこともあった。そして20歳になると、憑き物が落ちたように俳句から醒めて一顧だにしなくなった」と言っています。
…もったいない~
高校の卒業記念には、友人ら6人で500円ずつ出しあって合同句集も刊行しました。句集参加を呼び掛ける友人への手紙で、題字は山口誓子先生に、序文を不死男先生か多佳子先生に頼みたいと思っている、と書かれていました。予算の関係で、地元の印刷会社と折衝で苦労したようです。

それにしても、文通のやり取りを通して、これだけのことをやっていた修司。
今のようにSNSの発達した時代だったら、一体どんなことをやってのけていただろう…?
なかなか興味の湧くところです。。


 
麦主宰のインタビューも、高校生に対するものとしては面白い…(by NOA)



「ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない」 修司
修司語録より。

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わが死後を書けばかならず春怒濤

ランボーを五行とびこす恋猫や

十五歳抱かれて花粉吹き散らす

別れの瞳海より青し疑わず

おもいきり泣かむここより前は海

鍵穴に蜜ぬりながら息あらし

月蝕まつみずから遺失物となり

寺山修司


「アンチ寺山もファンのうち」 修司

子供の頃、父がいつもぶつくさ言いながら、
巨人戦を必ず観ていたのを思い出しました。
私「パパ、どうして、巨人の文句言いながら、わざわざ観るん?

母「アンチ巨人もファンのうちなんよ。

私「ふぅ~ん…そういうものなん?



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テーブルに読みかけの本三月尽 NOA




寺山修司

目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹
林檎の木揺さぶりやまず逢ひたきとき
胸痛きまで鉄棒に凭り鰯雲
たんぽぽは地の果て詩人は不遇でよし
文藝は遠し山焼く火に育ち
草笛を吹けり少女に信ぜられ
燃ゆる頬花より起こす誕生日
母恋し田舎の薔薇と飛行機音
黒人悲歌桶にぽっかり籾殻浮き
父と呼びたき番人が住む林檎園 
「同人誌 牧羊神より」

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もしジャズが止めば凩ばかりの夜
「氷海」昭和二十七年七月号・秋元不死男選
(選評) 寺山君のジャズの句は、
これはいかにも青年らしい感傷を詠った句であるが、
ジャズよりも凩に心情を走らせている作者の姿が、巧みに表現されている。
眼前に聞えているのは凩でなくジャズであるにも拘らず、
句のなかからは凩の音が高く、はっきりと聞えてくる。
そういう巧みさをもっている。

べつの蝉鳴きつぎ母の嘘小さし
「氷海」昭和二十七年九月号・秋元不死男選

初蝶の翅ゆるめしがとゞまらず
「七曜」昭和二十七年八月号・橋本多佳子選
(選評) 初蝶の翅はちらちらといつもせわしい。
その翅がふとゆるやかになったように感じた。
おや止るのかと見ていると、そうでもなく蝶はそのまゝ飛びつゞけていった。
初蝶に向った作者の愛情の眼が、心の喜びとはずみを伝へている。
「翅ゆるめしがとゞまらず」は作者の心の響でもある。

便所より青空見えて啄木忌
「螢雪時代」昭和二十八年十一月号・俳句二席入選・中村草田男選
(選評) 二席の寺山君。
この作者は種々の専門俳誌にも句を投じていて、非常に器用である。
感覚にもフレッシュなところがある。
ただ器用貧乏という言葉もあるように、器用にまかせて多作して、
肝腎の素質を擦りへらしてしまってはいけない。
この句には確かに、困窮の庶民生活中にありながら
常に希望と解放の時期を求めつづけた啄木に通う気分が備わっている。
ただ、それが、観念的にその気分に匹敵する構成素材をさがしあてているような、
やや機械的なところがある。

麦の芽に日当るに類ふ父が欲し
「青森よみうり文芸」昭和二十八年九月度入賞俳句・秀逸・中村草田男選
「麦の芽に日当るごとく父が欲し」←この原句を、添削。

山鳩啼く祈りわれより母ながき
「七曜」昭和二十八年三月号・七曜集より・橋本多佳子選
(選評) 額づいて祈る母と子がいる。
母と並んで祈っていた頭をあげると母はなお祈りつゞけて額づいているのであった。山鳩のこえはこの二人を包む様にほうほうと啼いている。
作者は何か心をうたれてなおも母のうなじに眼を落している。
若い美しい句である。

古書売りし日は海へ行く軒燕                     
「氷海」昭和二十八年五月号・秋元不死男選

口開けて虹見る煙突工の友よ
「青森よみうり文芸」昭和二十八年・加藤楸邨選
(選評) よい素質。実感をどこまでも大切にすることをのぞむ。
            
自動車の輪の下郷土や溝清水
「螢雪時代」昭和二十八年九月号・俳句一席入選・中村草田男選
※原句は「車輪の下はすぐに郷里や溝清水」でしたが、
それでは汽車の車輪と区別が付かない。
彼の意を汲んで添削したと書かれています。

氷柱風色噂が母に似て来しより
  「暖鳥」昭和二十八年十二月号・一十八年度暖鳥集総評・成田千空選

大揚羽教師ひとりのときは優し
「螢雪時代」昭和二十九年一月号・俳句一席入選・中村草田男選

夜濯ぎの母へ山吹流れつけよ
「七曜」昭和二十九年一月号・一旬鑑賞・渡辺ゆき子選

桃太る夜は怒りを詩にこめて
「氷海」昭和二十九年七月号・秋元不死男選

ラグビーの頬傷ほてる海見ては
「学燈」昭和三十年一月号・石田波郷選
(選評) 寺山修司君は、この欄のベテラン。
捉えるべきものを捉え、表現もたしかだ。
うまみが露出するところが句をいくらかあまくしているようだ。


寺山修二、十代の頃の投稿句です。凄まじい才能に感じます…
選評は一部を除いて省きましたが、投稿先と選者名を記しました。
この後、短歌の道に転向し、歌人となります。



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