グスタフ・クリムト/水蛇Ⅰ


乳房喪失  中城ふみ子

追ひ詰められし獣の目と夫の目としばし記憶の中に重なる
出奔せし夫が住みゐるてふ四国目閉づれば不思議に美しき島よ
衿のサイズ十五吋の咽喉仏ある夜は近き夫の記憶よ
新しき妻とならびて彼の肩やや老けたるを人ごみに見つ
絵本に示す駱駝の瘤を子が問へば母は悲しむその瘤のこと
跳躍の姿勢にけものは待ちゐたり屠られむとし我は近づく
灼きつくす口づけさへも目をあけてうけたる我をかなしみ給へ
衆視のなかはばかりもなく嗚咽して君の妻が不幸を見せびらせり
生きてゐる楽しさに触れ朝九時の窓に光れる牛乳のびん

原色のかなしみをきりきり突きつけるこの画よ立ちてひもじきときに
さびしくて画廊を出づる画のなかの魚・壺・山羊らみな従へて
冬の皺よせる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか
メスのもと切りひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ
愚かしき乳房など持たず眠りをり雪は薄荷の匂ひを立てて
黒き裸木の枝に紐など見え乍ら縊れしわれは居らざる或日
乳牛の豊かなる腹照らし来し夕映ならむわれも染まらむ
灰色の雪のなかより訴ふるは夜を慰やされぬ灰娘(サンドリアン)のこゑ
わが内の脆き部分を揺り出でて鰭ながく泳ぐあかき金魚は
明け方のわが枕辺に体温計置いてゆきしは白き春の手と思ふ
公園の黒き樹に子ら鈴なりに乗りておうおうと吠えゐる夕べ

「乳房喪失/中城ふみ子」より抜粋

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中城ふみ子(なかじょう ふみこ)
1922年(大正11年)11月15日<戸籍上は11月25日>- 1954年(昭和29年)8月3日)
歌人。北海道河西郡帯広町(現・帯広市)出身。
本名は中城富美子(旧姓は野江)。
妹の野江敦子(1932年7月21日[1] - )も歌人。
中城は結婚後に名乗った離婚した夫の姓で、
離婚後も子供のことを考えて名乗り続けていた。
戦後の代表的な女性歌人の一人で、後進に大きな影響を与えた。